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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21215号 判決 1999年5月27日

原告

甲野春子こと甲春子

右訴訟代理人弁護士

湯浅徹志

被告

○○商事株式会社

右代表者清算人

甲野夏子

被告

甲野夏子

右両名訴訟代理人弁護士

中村人知

山岸文雄

山岸哲男

山岸美佐子

主文

一  被告らは、原告に対し、各自二三〇万円及びこれに対する平成八年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  本件請求

原告は、被告らを原告とし、原告を被告とする損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成五年(ワ)第一一八三号。前訴という。)の訴訟提起が、被告らにおいて、請求原因事実がないことを知りながら、又は重大な過失によってこれを知らずになされたものであり、原告はこれにより多大な精神的損害を被り、かつ応訴のために弁護士を依頼して弁護士費用を支払わざるを得なくなったと主張し、不法行為に基づく損害賠償請求として、被告らに対し、各自慰謝料五〇〇万円及び前訴における弁護士費用四〇〇万円の合計九〇〇万円並びにこれに対する平成八年一一月八日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証によって明らかに認められる事実

1  被告○○商事株式会社(被告会社という。)は、パチンコの換金用景品の卸販売を行う会社であり、平成元年八月三一日に株主総会の決議により解散した。被告甲野夏子(被告夏子という。)は、被告会社の代表取締役であったが、被告会社解散後は同会社の清算人に就任した。

原告は、甲野一郎こと甲一郎(一郎という。)の妻である。一郎は、被告夏子の弟であって、被告会社の従業員として、パチンコ店の景品買場からの景品買取及び代金支払、パチンコ店への景品売却及び代金受領、業務日報の作成並びに銀行口座への出入金等の業務に従事していた。

2  被告らは、平成五年一月二六日、不法行為による損害賠償請求として、原告、一郎及び乙山秋子(乙山という。)を相手方として、連帯して、被告会社に対し三億四五二三万九五六〇円及び遅延損害金を、被告夏子に対し五〇〇万円及び遅延損害金を、それぞれ支払うよう求める前訴を提起した。その請求の要旨は以下のとおりである。

(一) 原告らは、共謀の上、被告会社から金品を取り込み、その金品を用いて自分たちの会社を設立した上で、被告会社と同種の事業を開始し、被告会社の得意先を横取りしようと計画し、一郎が被告会社の営業資金を自由に取り扱える立場にあることを利用して、昭和六三年一〇月一日から平成元年一〇月七日ころまでの間に、景品買場への代金支払等のために被告会社から預託された金員を被告会社のため業務上保管中、被告会社の営業帳簿に過大記帳を行い、現実に支払った金額以上の額の支払をなしたかのように装って、右過大記帳分の金額合計四四五五万五四三〇円を着服横領した。

(二) 原告らは、一郎が被告会社の営業資金を自由に取り扱える立場にあることを利用して、昭和六三年四月二六日から平成元年一〇月三日ころまでの間、被告会社がパチンコ景品卸業を行うに際して「××」に支払うべき一定のマージンにつき、支払うべき金額より過少な支払しかなさず、被告会社には右支払うべき金額を支払ったと報告し、右支払うべき金額と実際に支払った金額との差額七四四〇万一〇三〇円を着服横領した。

(前訴における被告らの右(一)(二)の主張を、前訴請求原因事実一という。)

(三) 右の「××」へのマージン支払は、パチンコ景品卸業を継続していくためにやむを得ない支払であるのに、原告らは、被告会社が国税局の査察を受けた際、「××」の存在を否定する供述をしたため、「××」に支払った金額が被告会社の利益と判断され、被告会社は、六七五五万三一〇〇円を追徴課税され、さらに脱税ということで六〇〇〇万円の罰金に処せられた(前訴における被告の当該主張を、前訴請求原因事実二という。)。

(四) 原告らは、(一)及び(二)に掲げた方法で被告会社から取り込んで得た金品を用いて、平成二年三月一日に株式会社△△(△△という。)を設立し、原告らがその会社役員となり、被告会社と同種の事業を開始した上で、詐術を用いて被告会社の得意先を横取りしたため、被告会社は清算の手続をとらざるを得なくなった。被告会社は少なく見積もっても毎年三六〇〇万円以上の利益を上げることができたものであり、平成二年当時における被告夏子の就労可能年数にあたる六年間の被告会社の逸失利益は一億八二七三万円である。(前訴における被告の当該主張を、前訴請求原因事実三という。)

(五) 原告らは、金員窃取の目的で、平成元年五月二六日の午後六時ころから午後六時二五分ころまでの間に、被告夏子宅に侵入した。また、原告らは、同年一二月上旬から下旬ころにかけて、被告夏子宅に侵入した上で、同人が保管していた被告会社の管理日報を窃取した。これらの行為によって被告夏子が被った損害としては五〇〇万円が相当である。(前訴における被告の当該主張を、前訴請求原因事実四という。)

(六) 原告らは、被告会社に対し、八四〇〇万円を返済した。

(七) よって、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告会社は、原告らに対し、(一)ないし(四)に掲げた金額の合計から(六)に掲げた金額を控除した金額である三億四五二三万九五六〇円及びこれらに対する最後の金員領得の日である平成元年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告夏子は、原告らに対し、(五)に掲げた金額五〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、いずれも連帯して支払うよう求める。

3  前訴において、原告及び一郎は、以下のとおり主張した。

(一) 一郎が被告会社から四四五五万五四三〇円を不法に領得したことは認める。右金員については、平成二年三月二日、一郎と被告会社及び被告夏子の代理人A(Aという。)との間で、一郎が被告らに対し四四〇〇万円を支払うことで示談が成立し、一郎は、同年三月二七日及び同月二九日に合計四四〇〇万円を支払い、右金員は被告夏子に渡された。

(二) 一郎が被告会社から七四四〇万一〇三〇円を不法に領得したことは認める。右金員については、平成二年二月二三日、一郎と、A並びに被告らから取立委任を受けた有限会社□□商事及びB(Bという。)との間で、一郎が被告らに対し七四〇〇万円を支払うことで示談が成立した。一郎は、A及びBに対し、同月二七日から平成七年一月一〇日までに合計七四〇〇万円を支払い、右金員は被告夏子に渡された。

(三) 原告及び一郎は、国税局に対し、2(二)に掲げたような供述をしていない。

(四) 被告会社の解散は、一郎の株式会社△△設立、及び一郎による従前の被告会社の得意先との取引成立とは関係がない。

(五) 原告及び一郎は、被告夏子に住居侵入していないし、日報を窃取していない。

4  被告らは、請求原因事実を立証することができず、前訴につき、平成七年一一月二九日、請求棄却の判決がなされた。これに対し被告らは、請求の減縮をした上で控訴をした(東京高等裁判所平成七年(ネ)第五五六五号損害賠償請求控訴事件)が、平成八年七月二六日、控訴棄却の判決がなされ、右判決は控訴期間の経過により確定した。(甲第二号証、第三号証)

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点一

前訴各請求原因について、被告らが、当該請求原因によって、原告に対して前訴を提起したことが、不法行為となるか、否か。

(一) 原告の主張

(1) 被告らは、前訴提起時において、一郎による被告会社の金員の横領について原告が共謀していないこと、被告会社の脱税事件について原告が国税局の取調べで「××」へのマージン支払を否定したことはないこと、原告が被告会社の営業取引先を横取りしたものではないこと、及び原告が被告夏子の留守宅に侵入して管理日報を窃取してはいないことを知っていた。仮に被告らが前記各事実が存在すると認識していたとすれば、そのように認識したことについては重大な過失がある。

(2) 前訴請求原因事実一のうち、四四五五万五四三〇円の横領については、平成二年三月二日、Aを被告会社の代理人として、一郎及び原告が被告夏子らに四四〇〇万円を支払うことで和解が成立し、同月二九日までに全額弁済した。被告夏子は右四四〇〇万円を受領している。また、七四四〇万一〇三〇円の横領については、同年二月二三日、A及びBらを被告会社の代理人として、一郎及び原告が被告夏子らに七四〇〇万円を支払うことで和解が成立し、前訴提起時点では、右七四〇〇万円のうち約二三〇〇万円の支払が残っていたが、その余は遅滞なく支払われ、被告夏子はこれを受領していた。そして、被告夏子は、これらの事実を認識していた。

(3) 前訴請求原因事実三について、仮に、一郎が被告会社から横領した金員で△△を設立し、原告が一郎と共謀していたとしても、(2)に掲げた一郎及び原告と被告夏子との和解において、和解金の弁済に不履行がない限り、一郎が横取りしたと前訴で被告らが主張した、従前の被告会社の取引先の店舗について、△△の営業権を承認することが確認されており、前記のとおり、一郎及び原告は和解金を遅滞なく支払っていたのであるから、これを宥恕されたものであり、損害賠償の責を負ういわれわない。

(4) (1)ないし(3)に掲げた事情に照らせば、被告夏子は、前訴請求原因一ないし四の全てについて、それらが事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら、又は通常人であれば容易に右のことを知り得たのに、あえて前訴を提起したものであり、各請求原因事実による前訴提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、違法である。

(二) 被告らの主張

被告らは、以下の事実を認識し、あるいは多くの人から話を聞いて、それを真実であると認識していた。その上で領得行為(昭和六三年四月二六日ころから平成元年九月ころまで)、住居侵入窃盗事件(平成元年五月二六日)、領得行為の概略金額判明(平成二年二月末ころ)、国税庁査察(同年六月ころ)と続いた出来事を一連の行為と考えた。

前訴提起は、被告らが認識していた事項からすれば、当然の訴訟提起である。

(1) 被告夏子は、原告と一郎との関係について、原告が圧倒的に強い夫婦関係であり、原告主導のもとで生活が成り立っていると認識していた。

(2) 被告夏子は、原告がパチンコ店で使用する景品の修理や詰替え等のアルバイトのために被告会社に自由に出入りしていたので、原告が一郎の仕事内容について十分に理解していると認識していた。

また、昭和六三年四月ころ、被告夏子が原告及び一郎に対して××の権利を一億円で譲る話をした直後くらいから領得行為が行われており、被告夏子は、原告が被告会社の状況を理解しており、原告と一郎が約一億円を領得して自分たちの会社を作ったと認識していた。

(3) 被告夏子は、同被告宅の家政婦から、同宅に原告が来て洗濯をしたり、帰った後物がなくなると聞かされていたし、一郎・原告夫婦を被告夏子宅の二階に住まわせようとしたときも、被告夏子の父母が「原告に盗癖があるので住まわせない方がよい。」と言われたことがあり、それを原告の性格と認識していた。

(4) 被告夏子は、大蔵事務官小林勇及び石橋信好らから、同人らが原告宅に事情聴取に赴いた際の状況や原告の言動に関して、原告がやり手であるとの印象をもったことや、一郎は震えてあまり話すことができなかったのに、原告は一郎を突き飛ばすように出てきて「やくざになんか全然渡していない。被告夏子は都内にマンションを買って預金や金の延べ棒を隠している。」と言って、被告夏子所有のマンションがありはしないかしつこく聞いたという話を聞いている。

(5) 被告夏子は、Aから、同人が原告及び一郎に金員領得の事実を確認した上で返済方法を話し合った際に、原告が自分が関与したことを否定せずに領得の事実を認めていること、原告は「××の金を取ったのになぜ被告夏子に金を返さねばならないのか。」とくってかかり、「二〇〇万円を返済する余裕はない。私が代表者で一〇〇万ずつ払うと言ったら間違いないんだから。」と言って、横領した金員の返済額が毎月一〇〇万円になったこと、使用用途(甲第四二号証)は原告が請求書や領収書を持ってきて説明し、一郎の実印も原告が持参して押印したことを聞いている。

(6) 被告会社の従業員であったC(Cという。)がベンツに乗ってくるようになったのは平成元年三月ころであるし、被告夏子は、Cから、原告から新会社を作るから役員に入るよう言われたり、被告会社の取引先をそっくり取るようにするが人に言ってはいけないと言われたこと、被告会社の仕事が終わった後毎日のように原告宅で一郎夫婦やC、乙山らが集まっていたことを聞いている。

(7) 被告会社の従業員であったDは、平成元年六月ころから長期欠勤となっていたし、被告夏子は、Dから、同人が乙山に「私も後から行くので先に行ってよ。」と言われて△△の手伝いをしたことや、時間給がよいので△△で働いていたことなどを聞いている。

(8) 被告夏子は、平成二年四月ころ入院しているとき、被告会社の従業員であったFから、原告から「社長は刑務所に入ったの。」という電話があったと聞いている。

(9) 被告夏子は、パチンコ店の店長やマネージャーから、一郎と取引をしており、一郎から饗応を受けたこと、一郎が被告会社の脱税について密告すると言っていたことを聞いており、また「弟さんにうまく乗っ取られたね。」などとも言われた。

(10) 被告夏子は、同被告の弟甲野二郎の妻冬子から、原告から会社を作るので名前を貸してほしいと言われ、子供たち全員の名前を貸した上、原告に請われて監査役になったと聞いている。

(11) 原告は△△の設立に際し、発起人総代になるとともに、全株式二五株中一二株を所有し、同社代表取締役に就任し、役員報酬も受領していた。被告らは、原告が右会社の目的や、設立費用及び開業準備費用の出所を知っていたと思っていた。

(12) 原告が自宅について五分の二の持分を有し、一八〇〇万円の抵当権を設定しており、年収の証明ができなければ借入をすることができないことから、被告夏子は、原告が給料を受領していると考えていた。

(13) 被告夏子は、光が丘警察署の長谷部警部補から、原告が「悪いことをしました。許して下さい。」と泣いて謝っているので許してやったらどうかと言われたことがある。

(14) の住居侵入に関しては、被告夏子は、平成元年五月二六日に帰宅した際、一郎が女性を車に乗せて被告夏子宅の地下駐車場から出ていったのを目撃しており、翌二七日にCから、前日の二六日に被告夏子宅に原告が来ており従業員は先に帰らされた旨の話を聞き、一郎が車に乗せていた女性は原告であったと判断していた。また、上石神井警察署への告訴は管轄違いで保留とされたのであり、光が丘警察署にも告訴をし、処分通知を受けている。被告夏子宅には外部からの侵入の形跡はなく、被告会社事務所から被告夏子宅に通じるドアは一つであって、そのドアの鍵は一つしかなく一郎が所有しており、盗まれた日報は多量であって見張りが必要な量であった。

2  争点二

前訴提起が不法行為となるかは、前訴請求原因事実ごとに判断するか、否か。

(一) 原告の主張

訴は請求原因ごとに数えられるものであり、前訴は四つの訴が併合されているものである。したがって、前訴提起が不法行為であるか否かの判断は、各前訴請求原因事実ごとに判断すべきである。

(二) 被告らの主張

訴提起が不法行為となるか否かは、争点ごとに考えられるべきものではなく、一つの被告の地位において考えられるべきものである。すなわち、訴訟提起によって相手を被告という身分に置くことが不法行為となるか否かが問題なのであり、当該訴えの請求原因事実のうち少なくとも一つでも適正と認められるのであれば、訴訟行為は成立するのであって、当該訴訟提起は不法行為とはならない。

3  争点三

原告に生じた損害の有無及びその額。

(一) 原告の主張

(1) 原告は、身に覚えのない事実で訴訟を提起され、甚大な苦痛を受けた。これに対する慰謝料は五〇〇万円を下らない。

(2) 原告は、被告による前訴提起により応訴を余儀なくされ、右応訴のための弁護士費用として、着手金、報酬を合わせて四〇〇万円を支払った。

(二) 被告らの主張

原告の右各主張は争う。

4  争点四

原告の損害賠償請求権の消滅時効の成否。

(一) 被告らの主張

原告の被告らに対する損害賠償請求権の消滅時効の起算点は前訴の訴状送達の日であり、前訴の判決確定時ではない。被告らの前訴提起は平成五年一月二六日であり、第1回口頭弁論期日は同年三月一四日であって、遅くとも右第一回口頭弁論期日までには前訴の訴状は原告に送達されていたものである。したがって、原告が本件訴訟を提起した平成八年一〇月三〇日の時点では、前訴の訴状送達の日から五年以上経過しており、原告の被告らに対する不法行為による損害賠償請求権は時効により消滅している。

被告らは右時効を援用する。

(二) 原告の主張

被告らの右主張は争う。不法な訴訟提起に対する損害賠償請求権の消滅時効は、判決確定時から進行する。

三  証拠関係

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点一について

1  民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である。

そこで、被告の原告に対する前訴提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるか否かを検討する。

2  前記第二の一の事実に証拠(後掲のとおり。)及び弁論の全趣旨を併せると、以下の事実が認められ、被告夏子本人尋問の結果中右認定に反する部分並びに甲第八七号証(前訴で書証として提出された被告夏子作成の陳述書)及び甲第一〇七号証(前訴における被告夏子の本人調書)中の右認定に反する部分は、右認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らしていずれもそのとおりには信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告夏子は、被告会社の代表取締役を務めていたが、昭和六三年四月ころ、一郎及び原告に対し、療養するので被告会社の営業権のうち都内の分を譲る旨述べた。(甲第八七号証、第九七号証、原告本人)

(二) 一郎は、被告会社の従業員として、被告会社の得意先である景品買場からの景品買取及び代金支払、各パチンコ店への景品売却及び代金受領、納品等の業務に従事していたが、昭和六三年一〇月一日から平成元年一〇月七日ころまでの間に、景品購入や借入金の支払のために被告会社から預託された金員を被告会社のために業務上預り保管中、一郎自ら被告会社の管理日報や業務日報の仕入金額を現実に支払った額より過大に記載し、また、金銭出納帳の記載を担当していた乙山に対して金銭出納帳に右各日報に合わせた数字を記載するよう指示し、右出納帳の支払金額を現実に支払った額より過大に記載せしめて、記載された仕入金額ないし支払金額と現実の支払額との差額四四五五万五四三〇円を領得した。

また、被告会社においては、景品交換所からのパチンコ景品買取数量に応じて、一定の額を第三者名義の口座に入金していたところ、一郎は、昭和六三年四月二六日ころから平成元年一〇月三日ころまでの間に、右口座に入金するために被告会社から預託された金員を被告会社のために業務上預り保管中、本来入金すべき額より少ない金員しか入金せず、入金すべき額と実際に入金した額との差額七四四〇万一〇三〇円を領得した。(甲第二八号証ないし第四一号証、第九七号証、第一〇六号証、第一〇八号証の一、二)

(三) 被告会社は、平成元年八月三一日、株主総会決議により解散した。その後も被告会社は一定の業務を行っていたが、一郎は同年一〇月七日の出社を最後に被告会社を退社した。(甲第八七号証)

(四) 一郎は、被告会社から横領した金員を元手にして、パチンコの換金用景品の卸販売を行う△△を設立した。△△は、平成二年二月ころから設立の手続が進められ、同年三月一日に設立登記がなされた。右設立時には原告が△△の代表取締役に就任したが、わずか一年後には一郎が代表取締役の地位に就いた。一郎は△△設立前から、従前被告会社が取引を行っていたパチンコ店である「H」「S」「P」と取引を行うようになり、△△設立後は同会社が右三店舗との取引を行った。(甲第四三号証、第九〇号証の一ないし一〇、第九八号証の一、第一〇六号証、第一〇八号証の一、二、原告本人)

(五) 被告夏子は一郎が被告会社の金員を着服横領したのではないかとの疑念を抱き、平成二年一月一二日ころ、公認会計士山田淳一郎に調査を依頼した。山田公認会計士は平成二年二月二二日付け及び同月二七日付け各調査報告書を作成し、被告夏子はこれを受領した。右二月二二日付け調査報告書には七四四〇万一〇三〇円の横領の手法等が、同月二七日付け調査報告書では四四五五万五四三〇円の横領の手法等がそれぞれ記載されている。(甲第二八号証、第二九号証、被告夏子本人)

(六) 被告夏子は、Aに対し、一郎が被告会社から横領した金員を一郎から取り立てるよう依頼した(甲第九一号証、第一〇七号証、第一一〇号証、被告夏子本人)。

(七) Aは、E及びBとともに、平成二年二月二三日、一郎の許を訪れ、同人及び原告に対し、一郎が被告会社から「××」に支払うべきマージンを約七四四〇万円横領したことが判明しており、七四〇〇万円で許すのでこれを支払うよう強く求めた。一郎と原告は、「××」に支払うべき七四〇〇万円を△△設立に使用した旨とその使途を記載した「使用用途」と題する書面、並びに「××」に無断で使用した七四〇〇万円に関して返済をすること、その返済方法、及び返済が不履行になった場合は取引を開始したパチンコ店三店舗との取引営業権を××とその代理人□□商事に譲渡することを約した念書(本件念書という。)をAらに差し入れた。被告夏子は、Aらから、一郎と原告による支払約束やその支払方法について報告を受けた。一郎は、約した右支払方法に従って、Aに金員を交付したり、あるいは被告夏子やB等の口座に振り込む方法によって支払を行い、前訴提起時ころの平成五年一月までには約五〇〇〇万円を支払い、平成七年一月一〇日までには七四〇〇万円を完済した。被告夏子は右の金員を受領した。(甲第五号証、第七号証、第九号証、第四二号証、第九一ないし九三号証、第九四号証の一ないし三四、第九六号証の一ないし一六、第九七号証、第一〇七号証、第一〇八号証の一、第一一〇号証、原告本人)

(八) 平成二年二月二七日、Aらは乙山の許に赴き、その場に一郎を呼び出して、一郎に対し四四五五万五四三〇円の横領について、横領した右金員を支払うように求めた。同年三月二日、一郎とAらとの間で、四四〇〇万円を支払うこととその支払方法が合意された上、四四〇〇万円をAから借用したことにして一郎と乙山名義の領収書が作成された。被告夏子は右支払合意や支払方法についてAらから報告を受けた。一郎は同月二九日までに右四四〇〇万円を支払い、被告夏子は右金員を受領した。(甲第五号証、第七号証、第九号証、第六二号証、第九七号証、第一〇一号証の一、二、第一〇七号証、第一〇八号証の一、第一〇九号証)

(九) 被告会社は、平成二年七月ころ、一郎、乙山及びCの三名を業務上横領罪及び背任罪で告訴したが、このときは被告訴人に原告を含めなかった。被告らは、前訴提起後の平成五年五月一七日にも業務上横領及び窃盗罪で告訴を行ったが、このときは原告に対する告訴も行った。(甲第一一二号証、乙第五号証)

3  以上の事実を前提に、まず、前訴請求原因事実一について検討する。

右認定事実によれば、原告の夫である一郎が被告会社から合計約一億一九〇〇万円を横領したこと、右金員を元手にして△△を設立し、設立当時は原告が代表取締役に就任したこと、約七四〇〇万円の横領に関する本件念書が一郎と原告の名義で作成されていることが認められる。

しかし、前記認定のとおり、一郎による横領は、同人が被告会社においてパチンコ店の景品買場からの景品買取及び代金支払、パチンコ店への景品売却及び代金受領、管理日報等の作成並びに銀行口座への出入金等の業務に従事していたことを利用して、管理日報等に現実の支払額より過大な金額を記載して差額を領得し、あるいは、被告会社として支払うべき額より少ない額しか現実には支払わずに差額を領得する方法でなされたものであり、右業務の内容に精通している者が一定の計画の下に実行するのでなければなしえない態様によるものと認められる。原告は被告会社の従業員であったことはなく、原告が被告会社において一郎が行う業務に精通していたことを認めるに足りる証拠は何もないし、精通していたと通常人が考えてもやむを得ない事情があったとも認められない。被告らは、原告が従前被告会社の景品の修理等の手伝いのため被告会社に出入りしていた事実があったので、原告は一郎の業務内容を十分理解していると考えていた旨主張するが、右のような事実は、原告が前記横領の計画に関与しうるほど一郎の業務の詳細について精通していたと考える根拠となるような事情とはいえない。

原告が、△△の代表取締役に就任していることについていえば、△△が横領金を元手にして設立されたことを併せ考えても、右就任の事実から直ちに原告の横領への関与が推認されるものではない。原告は、一郎による横領に何ら関与することなく、横領金により設立された会社の代表取締役に就任したにすぎないことも十分考えうることである。このことは、原告が△△から報酬を受けていた事実があったとしても変わらない。現に甲第一一二号証によれば、被告夏子自身も、平成二年七月ころの告訴に係る告訴状では、一郎が横領金で△△を設立し、代表取締役を原告として自らは取締役に就任したとの事実を記載しているにすぎず、原告が横領に関与したとの認識を表明していないことが認められる。被告らは、被告会社において給料を月額三〇万円以上もらうことがなかった一郎が会社設立のための資金と営業資金のために横領金一億円以上を使ったのであるから、同居の妻で△△の代表取締役に就任している原告も横領の事実を知っていたはずであると主張するが、原告が事後に一郎が横領を行った事実を認識していたことが立証されても、原告が横領の共謀に関与したと主張する前訴請求原因一が認められることにはならない。けだし、横領行為についての共謀が成立するためには、犯行前又は犯行継続中において原告と一郎が共同して横領を行おうとする意思、すなわち、横領を実現するについて積極的にそれぞれの行為を利用し合い、補充し合おうとする意思を有していた事実が認定されなければならないからである。

また、本件念書が一郎と原告との連名で作成されていることも、次に述べるとおり、原告が一郎と横領を共謀した事実を推認させるものではない。すなわち、前記認定のとおり、本件念書は、被告夏子がAに対し、一郎から横領に係る金員を取り立てるように依頼し、Aが一郎のもとに赴いて取立ての交渉をなした際に作成されたものであるところ、本件念書が作成されたのは、約七四〇〇万円の横領に関する公認会計士による調査報告書が作成された日の翌日である。そして、右調査報告書では、一郎が「××」に支払うべき金額よりも少ない金額しか支払わない方法で横領をなしたという手法等が報告されていることが認められる(甲第二九号証)。これらの事実を併せると、被告夏子のAに対する取立て依頼及び本件念書作成の主目的は、一郎が横領を行ったことを前提として同人から横領に係る金員を取り戻すことにあったと認められ、本件念書は一郎及びその妻である原告に対し七四〇〇万円の支払約束を求めその具体的な返済方法を定める目的で作成された文書であると認められる。そうすると、被告夏子としては、一郎の妻である原告が「私が『××』に無断で使用した」との文言のある本件念書に署名したことについて、いわば一郎と財布を一つにする原告が、一郎による横領の事実を知り、横領金の返済をAから求められたため、自らも支払を約する旨記載された本件念書に署名した可能性を容易に認識することができたといえる。換言すれば、右念書の存在に、他に存在する事情を併せることにより、一郎による横領に原告が関与したと考えることがやむを得ないと認めうる場合もあるとはいえようが、被告夏子自身が当時認識していた事実を基礎として考慮しても、通常人において右念書の存在から直ちに原告が横領に関与したことを推認するに足りるものといえるわけではない。

さらに、甲第六二号証、第一〇一号証の二によれば、会社日報等に支払金を過大に記載する方法による約四四〇〇万円の横領金の取立てに際し作成された念書や領収書は一郎と乙山の名義で作成されていることが認められ、被告夏子も、被告本人尋問において、原告は被告会社の金銭出納事務を行っていなかったから、原告は右約四四〇〇万円の横領については関係がないと考えている旨供述している。

そして、甲第四号証、第八号証、第一二号証、第一四号証、第一八号証、第二二号証及び第二六号証によれば、前訴において被告らは、一郎と原告がいかに横領の共謀を行ったかに関して何ら具体的な主張をしていないことが認められ、また、甲第八七号証及び第一〇七号証によれば、前訴における被告夏子の陳述書及び被告夏子の前訴原告としての本人尋問において、原告が横領に関与したとなぜ考えているか、あるいはどのように関与したと考えているかに関して何ら具体的な供述をしていないことが認められる。

以上のとおり、本件において取り調べた全ての証拠によっても、前訴提起時において、前訴請求原因事実一に関して原告が一郎と各横領行為を共謀したことを疑うに足りる具体的な事実を被告らが認識していたことを認めることができないのであって、右請求原因事実が事実的、法律的根拠を欠くものであることを通常人であれば容易に知り得たと認めざるを得ない。

4  次に、前訴請求原因二について検討する。

甲第一〇七号証、乙第七ないし九号証によれば、東京国税局収税官吏が、平成二年六月七日に被告会社事務所において総勘定元帳等一六八点の差押えを、平成三年一月二二日に日記等三点の領置を、平成三年五月二七日に領収書等一点の領置をそれぞれなしたこと、被告夏子は東京国税局や検察庁において被告会社の脱税に関して取調べを受け、その際被告会社は××にマージンを支払っていると主張したが、その主張は認められず、被告会社は脱税を行っていたと判断されたことから、被告会社が修正申告に応じて重加算税を賦課され、罰金刑に処せられたことが認められる。しかし、前訴訴訟記録中の被告らの訴状や準備書面、書証、証人調書及び被告夏子本人調書(本件各甲号証)によれば、被告らは前訴において、原告がいつ国税局から取調べを受けたのか、そこでいかなる供述や発言をしたのか、あるいは被告夏子はその事実をどのように知ったのかについて具体的な主張及び立証をなしていないと認められる。そもそも、原告は被告会社の従業員ではなく、その経理や金銭出納の状況を知り得る立場にはなかったのであるから、被告会社の脱税に関して原告が取調べを受けることは特別の事情のない限りあり得ないというべきであり、通常人であればこのことは容易に認識できたものといえる。

その他、本件において取り調べた証拠資料を精査しても、原告が被告ら主張の供述を国税局に対してなしたことを疑うに足りる合理的事実は認められない。

5  前訴請求原因三に関して検討するに、被告らが前訴で主張した「横取り」とは、従前被告会社が取引を行っていたパチンコ店三店舗について、右三店舗が被告会社と取引を行わないようにさせ、一郎あるいは△△が右三店舗との取引を開始したことを意味するものである以上、それは従前被告会社において業務の一つとしてパチンコ店への景品売却及び代金受領を行っていた一郎が、その業務によってパチンコ店との間に築いた関係を利用して行ったものであることは当然理解されるところである。そして、前記のとおり、原告は被告会社の従業員であったことはない上、原告が被告会社における一郎の業務に精通していたと認めるに足る証拠、および精通していたと通常人が考えてもやむを得ない事情があったと認めるに足る証拠は存在しないのである。このことは、原告が設立当初の△△代表取締役に就任したとの事実をもってしても、覆すことはできないというべきである。そもそも△△の設立手続が行われたのは平成二年二月から三月にかけてであるから、被告会社の解散決議が平成元年八月三一日である以上、取引先を横取りされたために被告会社が解散に追い込まれた旨の前訴訴状における被告らの主張は明らかに矛盾している。そして、甲第九七号証及び第一〇八号証の一、二によれば、一郎は△△を設立する以前の平成元年当時において、前記パチンコ店と取引を開始していたと認められるところ、一郎がその当時から原告を代表取締役とする△△を設立する予定であったとしても、これをもって原告が右「横取り」に関与したと推認することができないのは明らかである。

更に、前訴訴訟記録中の被告らの訴状や準備書面、書証、証人調書及び被告夏子本人調書(本件各甲号証)によれば、被告らは前訴において、原告がどのように被告一郎による取引先横取りに関与したのかに関して具体的な主張立証を何もしていないと認められる。

6  前訴請求原因四に関しては、前訴における書証及び被告夏子本人調書(本件各甲号証)によれば、前訴において被告らは、原告が被告夏子宅への住居侵入及び被告会社の管理日報の窃取に関与したことを示す客観的証拠を提出していない上、被告夏子自身も、その陳述書や前訴の本人尋問において、一郎と乙山が共謀して右住居侵入や窃取をなしたと考えているとしか供述していないことが認められる。

なお、被告夏子は、平成元年五月二六日に同被告宅から一郎の車が出るのを目撃し、その車には女性も乗っていたこと、同日原告が被告会社事務所に来ていたと翌二七日にCから聞いたと主張し、被告本人尋問においてこれにそう供述をしているが、前訴において被告夏子は右のような主張をしていない上、その陳述書及び本人尋問で何ら右各事実について述べておらず、同被告の右供述は到底信用することができない。

7  被告らは、前訴請求原因一ないし四の事実に関し、原告の関与があったと考えた根拠の一つとして、原告と一郎との平素の関係について、原告が圧倒的に強く、原告主導のもとで生活が成り立っていると認識していたことを挙げるが、仮にそうであるとしても、原告が国税局の取調べで××へのマージンを否定したと考えたり、住居侵入や窃盗に関与したと考えることが不当であるのはもちろん、前記のとおり、原告は被告会社の従業員であったことはなく、一郎の業務に精通していたと認めるに足る証拠や、通常人においてそのように考えることがやむを得ないといえる事情の存在を認めるに足る証拠がないことも併せれば、右の認識をもってしても、原告が横領や取引先横取りに関与したとは通常人が考えないことは明らかである。

また、被告らは、原告が被告夏子宅に来て洗濯をしたり、帰った後物がなくなると聞かされていたとか、被告夏子の父母が原告には盗癖がある旨言われたことがあり、それが原告の性格と認識していたと主張し、前者の主張については被告夏子は前訴の陳述書(甲第八七号証)でそれにそう供述をなしているが、これを裏付ける客観的証拠や第三者の供述証拠は存在せず、後者の主張についてはこれを裏付ける証拠は存在しない。

更に被告らは、東京国税局の事務官、A、C、被告会社従業員D、同従業員F、パチンコ店の社長やマネージャー、被告夏子の弟甲野二郎の妻冬子及びEから聞いていた話をいくつも挙げ、それらの話を真実と認識しており、その認識も前訴請求原因一ないし四の事実に関し、原告の関与があったと考えた根拠であると主張し、被告夏子はその本人尋問において右各人から主張に掲げたとおりの話を聞いていた旨述べる。しかし、前訴における被告らの訴状や準備書面、書証、証人調書及び被告夏子本人調書(本件各甲号証)によれば、前訴では被告らはこのような主張をしていない上、被告夏子も何ら供述を行っておらず、他に右供述を裏付ける証拠も提出されていないと認められるし、本件訴訟においても被告夏子本人の前記供述が存在するのみであり、同被告の右供述を信用することはできない。

8 以上の事情を総合すれば、前訴請求原因一ないし四のいずれについても、各請求原因による不法行為に基づく損害賠償請求権は事実的、法律的根拠を欠くものである上、少なくとも通常人であればそのことを容易に知り得たといえるのに、被告らはあえて右各請求原因を掲げて前訴を提起したものであるというべきであって、前訴訴えの提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠いたものと認めるのが相当である。

以上より、争点一に関する原告の主張は理由がある。

二  争点三について

1  原告は、前訴により応訴を余儀なくされたのみならず、被告会社から横領に関与した、被告会社の取引先を横取りした、更には被告夏子宅への住居侵入及び窃盗という犯罪行為に関与した等と主張され、一郎及び乙山と連帯して、被告会社に対し三億四五二三万九五六〇円、被告夏子に対し五〇〇万円という莫大な額の金員を支払うよう請求されたものであり、前訴提起により甚だしい精神的苦痛を被ったものと推認される。本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、右の精神的苦痛を慰謝すべき損害賠償金は八〇万円をもって相当と認める。

2  原告本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、原告及び一郎は、前訴に対する応訴のために湯浅徹志弁護士と訴訟委任契約を締結し、着手金として一〇〇万円、報酬金として三〇〇万円の合計四〇〇万円を支払ったことが認められる。前訴は一郎も相手とし、右弁護士費用は原告と一郎がともに湯浅弁護士に前訴に対する応訴を依頼したことによる費用であって、前訴では被告らは主として一郎について不法行為の主張をなしており、一郎の陳述書は作成されたが原告のものは作成されず、尋問も一郎に対しては行われたが原告に対してはなされないなど、一郎の応訴の方が原告の応訴より多くの活動を必要としたことが推認されることから、右弁護士費用のうち被告らの本件不法行為と相当因果関係のある損害は、一五〇万円であると認めるのが相当である。

三  争点四について

民法七二四条は、不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間これを行わないときは時効によって消滅する旨定めるところ、右にいう「損害及び加害者を知る」とは、加害者が故意又は過失により当該行為を行い、それによって損害が生じたことを知ることまで含むと解するのが相当である。そして、訴えの提起が不法行為であることを理由とする損害賠償請求は、裁判を受ける権利が紛争の終局的解決を裁判所に求めるための権利として国民に保障されており、訴訟においては一方当事者が敗訴したからといって直ちにその当事者に対し相手方が当該訴え提起を不法行為であるとして損害賠償請求をなし得るものではないと解すべきであることからすると、裁判所が当該訴えに係る当事者の主張に対する判断を示し、その訴えを認めない旨の判決が確定して初めて、訴えを提起された者は、提訴者が故意又は過失により当該訴えの提起をなし、それによって自己に損害が生じたことを知りうるといえるのであって、右判決確定時から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解すべきである。当該訴え提起時から右消滅時効が進行すると解すれば、訴訟が長引けば右訴え提起を不法行為とする損害賠償請求権は訴訟継続中に時効にかかってしまうこととなり、不当な結果を生じる。

これを本件についてみるに、前訴に関し原告(前訴被告)勝訴の判決は平成八年八月一四日の経過により確定しているから、翌一五日から、前訴提起を不法行為とする原告の被告らに対する損害賠償請求権の消滅時効が進行する。そして、本件訴訟提起は平成八年一〇月三〇日であり(裁判所に顕著な事実)、右時点では消滅時効は完成していない。

よって、争点四に関する被告らの主張は理由がない。

第四  結論

以上の認定及び判断の結果によると、争点二について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は、被告らに対し各自二三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一一月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるのでその限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉等 裁判官中山孝雄 裁判官水野正則)

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